2011年11月14日

東北復興支援

東日本大震災から8ヶ月が経つ.
仕事で所属している茨城県作業療法士会の縁で,復興支援を手伝う機会を頂いた.

向かう先は宮城県女川町.
11/13は宮城県議会議員・女川町議会議員・女川町町長選挙の日.
いつも炊き出し活動を行う場所が投票所となるため,炊き出し活動ができないとのこと.
そのため,今月完成したばかりの3階建ての仮設住宅を含めて,女川町の仮設住宅を回って支援物資を手渡してきた.



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女川町総合運動公園の野球場に建設されている国内で初の3階建ての仮設住宅.
住宅は6棟,間取りは1Rから3LDKまであり,世帯人数によって決定されるとのこと.
見せていただいたのは3LDKの住居.
階上からの騒音も少なく,暖かいとのこと.
中央のテントには今後,マーケットなどのコミュニティができるという話.



女川町清水地区の仮設住宅
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玄関に手すりがついているが,ステップにはない.
中を拝見することはできなかった.
周囲は砂利道.



針浜地区の仮設住宅に住む方々に,支援物資(女性用のヒートテック様下着,化粧品,毛布など)を手渡した.
婦人会の方の話では,大きな仮設住宅への支援が多い半面,ここの地域のように小さな地区への支援が少ないとのこと.
情報発信をする環境も整っておらず,知り合いのつてで物資の提供をお願いしているとのこと.



女川町の様子
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女川町は漁業で有数.
住宅だけでなく,漁業関係の施設もたくさんあっただろう.
少しずつ復興に向けて前に進んでいる.



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女川町の別の地域の仮設住宅.



女川町にある女川原発に向かってみたが,
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立入禁止で入ること出来ず.

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付近にある原発PRセンターはまだ開館しておらず(8時前).



メディアを通じて被災地の様子を見る機会はたくさんあったが,
現実に自分の眼で見た時,なにも言葉にできなかった.

自分が今こうして生きていて,震災前と変わりない生活習慣で生活できているということがどれほど幸せかということを感じた.

被災地で生活している方々も日常がある.
その日常が震災前と同じ日常に少しでも早く戻ることが出来るように心から願いたい.
posted by hiropon at 22:03| 茨城 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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